『感謝』と『称賛』重要性:東京女子大学准教授正木氏が語る、職場におけるコミュニケーションについて

組織開発・人材育成・マネジメントなどの領域を研究されている教授や専門家の方々にインタビューを実施し、経営者・人事担当者・現場管理職などの皆様に組織を改善する一助となる情報をお届けするシリーズです。

今回は、東京女子大学現代教養学部准教授であられる正木郁太郎氏にご研究テーマであられます『感謝』と『称賛』についてお伺いいたしました。

現場に活かせる情報ばかりですので、ぜひ最後までお読みいただけますと幸いです。

インタビュイープロフィール

正木郁太郎教授プロフィール写真

正木 郁太郎(まさき いくたろう)氏
東京女子大学現代教養学部准教授

2017年東京大学大学院人文社会系研究科博士後期課程修了。博士(社会心理学)。専門は社会心理学・組織行動論。民間企業との業務委託やアドバイザーなど経験多数。2021年より東京女子大学専任講師、2024年より現職。

著書に『感謝と称賛』(東京大学出版会、2024年)、『職場における性別ダイバーシティの心理的影響』(東京大学出版会、2019年。2019年度日本社会心理学会賞出版特別賞受賞)

導入:正木氏について

※以下、正木氏(黒字)・インタビュアー(赤字)で記載いたします。

私は元々社会心理学を専攻し、特に「集団心理」や「組織における人の行動」を研究してきました。東京大学の大学院に進んだ際に、当初は「職場やチームのダイバーシティ」の研究をしていました。1)

具体的には、職場や組織という大枠の中で多様な人たちが混ざっているチームにおける課題やその運営方法を探りながら、人々の行動がチームや組織にどのように影響するのかを調査しておりました。

その中で、より実践的で身近な解決策を模索する中、「感謝」や「称賛」といったいわゆる「ポジティブなコミュニケーション」に辿り着き、現在は、それが職場で日常的に行われるための条件や効果、そしてそのメカニズムを研究しています。

正木氏が考える感謝と称賛とは

厳密にどう定義するのかと聞かれると難しいのですが、「感謝」とは相手に何かしてもらったことを自覚し、それを自分が認め・評価していることを言葉で伝える行為で、「恩」や「親切」と切っても切り離せません。

一方、「称賛」は相手の特徴や成果を褒め称える行為で、「自分が親切にされたこと」以外とも関わる点や、自分よりも相手に焦点をあてる点で、感謝の一歩先にあるものだと考えています。

心理学では「感謝」の感情そのものに注目することも多いのですが、私は特に重要なのは「伝える」というコミュニケーションだと考えています。

心の中で「感謝」を思うだけでは効果は限定的で、言葉として相手に伝えることで初めて感謝や称賛が具体化することで組織に対してさらに強い影響を及ぼすと考えています。

感謝と称賛の具体的効果

まず効果についてですが、「誰に対して効果が出るのか」と「どんな効果が出るのか」の二つの観点で効果があります。

まず、「誰に対して効果が出るのか」ですが、いろんな研究を見たり、自分の調査データを分析すると、感謝をする人にもポジティブな効果があるし、感謝される側にも効果があります
さらに、職場やチームの中で感謝が交わされることで、集団全体にも効果が及びます。

つまり、この3つにそれぞれ効果があると考えています。

  1. 感謝をする側
  2. 感謝をされる側
  3. チーム全体

次に「どんな効果があるのか」というお話ですが、人のより内面的な部分から外形的な行動に向かって行く順に見ていくと、以下のような効果があります。

  1. 意識面の効果
    • 感謝を意識することで、周りの人に助けてもらったことを認識し、幸せを感じたりエンゲージメントが向上します。
      さらに、物事に対して明るい面を見ることができ、ポジティブな思考が促進されます。
  2. 行動面の効果
    • 感謝を伝えることで、お返しをしたいという気持ちが生まれたり、他の人に優しくしようとする行動が促されます。
      例えば、誰かを助ける、誰かに貢献する行動を取ろうとする効果があります。
  3. 関係性への効果
    • 感謝を交わすことで、人と人とのつながりが深まり、信頼感が高まります。

これら3つ、つまり「意識」「行動」「関係性」にそれぞれプラスの効果が出ます。その結果、感謝する側、される側、そしてチーム全体に良い影響が広がります。個人としても、感謝を活用した組織への介入は非常に便利で効果的だと考えています。

ありがとうございます、私が知る限りでは、業種や職種で一概に効果に違いが出ることはないと考えています。ただし、感謝を「しやすい」「されやすい」環境は会社のカルチャーによって差が出ると思います。

普段から「ちゃんと伝えないと伝わらない」と考える、言語的なコミュニケーションや議論を大事にする文化がある会社だと、比較的「感謝」や「称賛」が浸透しやすく、
逆に、「言わなくても伝わるよね」と言う文化がある会社は、「感謝」や「称賛」が行われにくく、浸透しづらい環境になります。

性格診断に沿って「感謝」「称賛」を行うことはできるだけ避けたほうが良いと思います。

これは心理学者的な発想になってしまうのですが、その性格診断に当てはめて「感謝」や「称賛」をした際に、結果的に的外れな点に感謝や称賛をしてしまって「自分が褒めてほしいポイントはそこではないのにな」と思われた場合のリスクが大きいと考えています。

例えば協調性を重んじる診断を受けた人だから、協調性を褒めたとします。しかし、実は褒められた当人は「本当は人にあわせるのではなく自分らしくありたい」と思っている、といったこともありえます。

このようなことがあったときに、褒められた側は「褒めてほしいポイントを褒めてもらえなかった」と感じ、感謝や称賛が効果を発揮しないか、むしろ「この人は自分のことを決めつけている」と思われてしまい、逆効果になってしまう可能性もあります。

そのため、性格診断に当てはめて「感謝」や「称賛」するよりも、単純にその人と向き合って、素直に自分がよいと思ったところを「私はこう思った」と断ったうえで褒めてみる方が良いと思います。

さらにいうと、普段から「この人は何が強みで、どんな良さや褒めるポイントがあるだろうか」ということを意識的に考える習慣を作って、「感謝」「称賛」を常態的にさせるほうが良いと思います。

「感謝」「称賛」の取り入れ方

私の調べた中ではあるのですが

  • 「サンクスカード」のような感謝を伝え合うようなアプリを導入する
  • 朝礼で感謝の言葉を習慣的に共有する2)
  • イベントとして感謝を伝え合う機会を設ける3)

などの方法があると考えています。

具体的に、感謝や称賛を文化として取り入れ成功している企業としてよく知られるのがスターバックスです。

具体的にお話しすると、スターバックスでは、感謝や称賛の気持ちを伝えるための専用カードを用意して、働く人同士が渡すことができる機会を設けているといいます。このカードは全て同一ではなくいくつか異なるデザインが用意されており、それぞれに会社が大切にしている価値観が絵や文章で描かれています。

そのカードには自由にメッセージを書き込める余白があり、社員同士が感謝の気持ちや称賛の言葉を添えて直接渡す仕組みです。この取り組みで、ただ感謝を伝えるだけではなく、社員同士のコミュニケーションを深めるきっかけを作ることができます。
また、カードには会社が大切にしている価値観が絵や文章で描かれているため、企業文化の浸透も兼ねて行える取り組みになっています。

「量」と「質」どちらかが重要というよりは、どっちも大事なので優劣はつけないほうが良いと考えています。

効果的な方法に関しては先ほどもお伝えしているかもしれませんが、やはり「感謝」も「称賛」も具体的に伝えることが大切で効果的だと思います。

単に「ありがとう」と言ったり、メールで「ありがとうございます」と書くだけだと、何に対してかよく分からない時はありませんか?

こうした些細な違和感や誤解から、私がある企業で調査をした際4)、ときに「私は周りによく感謝してるけど、周りの人は私に感謝してくれない」といったようなずれに繋がってしまう可能性があります。さらにいえば、こうしたずれや誤解が積み重なると、仕事のやりがいを損ないかねない、という結果がみられたこともありました。

何に関しても通づる部分だと思うのですが、できるだけ具体的に、はっきりと伝えるようにしないと、人間は感謝に限らず、何事もどんどん認識がずれてくるんですよね。5)

つまり、タイムリーにはっきり具体的に伝えるようにすると、誤解が無く「感謝」や「称賛」がより良く伝わり効果的になると考えています。

また、感謝に関してはいろんな人がいる場面のほうが効果的じゃないかなと考えています。少しこれまでとは違う観点ですが、人前で伝えた方が相手にとってプラスというよりも、「そうか、この職場では感謝するのが当たり前なんだ」と、ポジティブなメッセージを周りに発信して、良い組織文化を作ることができる事がプラスだと思っています。

こうした点について、「感謝を目撃することの効果」という名前で検証している研究もあります。6)

例えば、架空の職場で働くAさんが、同じ職場で働くBさんに、何かしてあげた。そしてBさんがAさんに「ありがとう」と言った、という状況があると仮定します。こんな場面では、その様子を見ていた人にとっても、「Aさんは人助けができる人だし、Bさんは他人の貢献を理解して感謝ができる人だから、仲良くなっても大丈夫なんだ」と、信頼関係が増幅されて関係性が広がっていきます。

そのため、感謝は人がいる場面で伝えるほうが、当事者からだけでなく、周りに対して広がっていくとか、感謝が習慣化する、そんなプラスの話につながると思います。

一つ注意点として、先ほど「感謝」はいろんな人がいる場面で行うと良いとお話ししましたが、「称賛」は「嫉妬」につながる可能性もあるため個別に行うほうが良いと考えています。

例えば、上司が自分の同僚を褒めた場合、自分も褒められたいという次のモチベーションにつながる可能性もある一方で、単純に同僚に対する嫉妬に繋がりやすい場合もあるんです。

そのため、エンゲージメントを上げようと考える対象が個人なのか組織なのかで、「感謝」と「称賛」を使い分けれるとより効果的に作用すると思います。

総括:今後の展望について

ギブ・アンド・テイクのドライな場面と思われがちな「働く」という場面であっても、「感謝」や「称賛」が必要で、また当たり前のものでもあるということと、一方で職場で「感謝」や「称賛」をきちんと回して行くためにはスキルが必要だという事をきちんと広めていきたいなと考えています。

様々な企業の事例やデータを分析してみると、「感謝」と「称賛」は職場のエンゲージメント向上に加えて、ダイバーシティ推進などの現代的な組織課題の解決にもつながる、重要な土台を作るものだと思っています。

エンゲージメント向上にしろ、ダイバーシティ推進にしろ、最近話題になる人事・組織課題は「具体的に何をすればいいんか」がよく分からなくなりがちなものも多いと思います。

そうした課題に対処するための一つの手段として、当たり前のことではないかと思われるかもしれませんが、まず目の前の人と向き合って「感謝」をする「称賛」をすることが第一歩になると期待しており、「組織の全員ができることに一歩ずつ、前向きに取り組める世の中」がくることを期待しています。

そうですね、「感謝」や「称賛」の話は心理的内面の話の域を出ないので、物理的なことでどう変化していくのか研究してみたいと思い、最近着手しています。7)

例えばテレワークであったり、はたまたオフィス環境によって何か変わるのかというのは研究してみたいと考えていますね。

また、これは長期的な研究課題になってしまうのですが、組織の文化はどこから来るのだろうかというのも気になっていて、明文化されたルールなどの分かりやすいきっかけ以外に、誰かが生み出すものなのか、はたまた人と人との相互作用の中で生まれていくのか。壮大なテーマではありますが、少しずつ研究してみたいと考えています。

謝辞

今回は、東京女子大学東京女子大学現代教養学部准教授の正木郁太郎氏に「感謝」と「称賛」が企業内のエンゲージメントに与える効果についてお伺いさせていただきました。

まず、貴重なお時間をいただき、深いお話をたくさん聞かせていただいた正木氏に、心より感謝申し上げます。インタビューを通じて、多くの学びや気づきを得られたことと思います。

そして、最後までこの記事をお読みいただいた皆さま、誠にありがとうございます。本記事が皆さまにとって、企業内のエンゲージメント向上の一助となれば幸いです。

本記事と関連する論文一覧

1) 正木 郁太郎, 職場における性別ダイバーシティの心理的影響, 東京大学出版会, 2019

2)池田 浩, 組織における「感謝」感情の機能に関する研究, 組織学会大会論文集, 2015年4巻1号 p.120-125

3) 正木 郁太郎・久保 健, 個人ならびに集合的な感謝が主体的行動と社内評判に与える効果:企業内ログデータを用いた検討, 組織科学, 2024年58巻1号 p.88-100

4) 正木 郁太郎, 職場において感謝がワークエンゲイジメントと文脈的パフォーマンスに与える効果:応答曲面分析を用いた検討, 社会心理学研究, 2023年39巻1号 p.15-30

5)岩谷 舟真・正木 郁太郎・村本 由紀子, 多元的無知, 東京大学出版会, 2019

6)Sara B Algoe・Patrick C Dwyer・Ayana Younge・Christopher Oveis, A new perspective on the social functions of emotions: Gratitude and the witnessing effect, J Pers Soc Psychol. 2020 Jul;119(1):40-74

7) 正木 郁太郎・池田 晃一・森田 舞, テレワークの導入がプロアクティブ行動に与える効果―組織に関する可変性の信念による媒介効果の分析―, 産業・組織心理学研究, 2023年37巻1号 p.3-16

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