
組織開発・人材育成・マネジメントなどの領域を研究されている教授や専門家の方々にインタビューを実施し、経営者・人事担当者・現場管理職などの皆様に組織を改善する一助となる情報をお届けするシリーズです。
今回は、武庫川女子大学 教授であられる高橋 千枝子氏に、ライフステージを越えて活躍するために必要な女性支援とリカレント教育の可能性についてお伺いいたしました。
現場に活かせる情報ばかりですので、ぜひ最後までお読みいただけますと幸いです。

高橋 千枝子(たかはし ちえこ)氏
武庫川女子大学リカレント教育センター長/経営学部教授。神戸大学経済学部卒業後に三和総合研究所(現在の三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社)に入社。
コンサルティング業務に従事しながら女性管理職として部下の指導育成にも関わる。2018年より武庫川女子大学設置準備室教授、2020年から同経営学部教授。23年から現職(兼任)。経営学修士(MBA)、博士(商学)。
(武庫川女子大学リカレント教育センター)
目次
導入: 高橋先生について
※以下、高橋氏(黒字)・インタビュアー(赤字)で記載いたします。
今回は取材にご協力いただき、誠にありがとうございます。まずは、高橋先生の自己紹介からいただいてもよろしいでしょうか?
私は最初から教授というキャリアではなく、もともと大手シンクタンクのコンサルティング部門で20年以上働いていました。経営戦略や組織開発、女性活躍推進などのプロジェクトに携わる中で、いろいろな企業の課題や日本社会の構造的な問題に向き合ってきました。
そんな新卒から企業側の支援をしている中で、「女性がキャリアを諦めず活躍し続けるために何が必要か?」を自分自身の体験を通して考えるようになりました。
私自身、女性管理職としての道のりはそれなりに苦労もあり、周囲の理解や上司との関係に恵まれてきた部分もありましたし、このまま定年まで働き続ける事も考えたのですが「自分ひとりが頑張るだけでは社会は大きく変わらない」というジレンマも大きかったんです。
悩んでいる中で武庫川女子大学さんから「新たに経営学部をつくるから、一緒にやってみないか」というお話をいただきました。女子大学では珍しい経営学部の新設という事で、若い女性にビジネススキルやマインドを教えて、世の中に輩出していけるのはとても意義があることだと思い、思い切って転職して教授職につきました。
リカレント教育への思いについて
なるほど、最初から教鞭を取られていたわけではなくキャリアを積まれてから今教授として教鞭を取られているのですね。
そんな中でなぜリカレント教育に興味を持たれて、リカレント教育センターの設立に至ったのでしょうか?
私が着任した2018年当時、武庫川大学には約19万人(現在は20万人超)もの卒業生がいるにもかかわらず、既卒学生向けの講座はシニア層向けの「生涯学習」いわゆる「いつか落ち着いてから趣味や教養として学ぶ」という講座が中心でした。
社会でキャリアを伸ばしたい卒業生や、子育て等で一度仕事を離れてしまった女性が再びキャリアを築くような場は十分に用意されていなかった状況なんです。
また、学院創立80周年を機に大学としても、100周年の2039年に向けたビジョン「一生を描ききる女性力を」を掲げていたのですが、これを実現するためには、入学前から入学後、卒業後までのエンロールマネジメントが重要な中で、現状だと卒業後の「一生を描ききる」体制が不十分だったんです。
合わせて時代の流れもあって、大学教育後の学び直しの重要性が増していることは周知の事実でしたので卒業後の教育体制を変えなければならないと思いました。
そこで、まずは大学トップに対して『この数のOGに対して教育機会を設けられてないのはもったいない』と提案しました。リカレント教育が社会で注目され始めていた時期でしたし、だったら本格的に取り組もうということになりました。
こうした構想から、女性のライフステージを考慮しつつ、DXやAIなどこれからの時代に必要とされるスキル”を身に付けられる講座、さらにキャリアカウンセリングや転職支援をワンストップで行える、全国でも珍しいリカレント教育センターを作ることになりました。
ありがとうございます、武庫川女子大学様が80年という長い期間教育に向き合いOGが19万人いるからこそ、このような構想が浮かんだのかなと思いました。
ちなみにリカレント教育センター設立時に特に意識した事はなんだったのでしょうか。
私がリカレント教育センターを立ち上げるうえで、一番最初に強く意識したのは『女性の大学進学率は高まっているのに、社会に出たあとのキャリアアップが思うように進まない』という現実を変えたいという部分でした。
武庫川女子大学は資格取得を支援するなど“就職”の入り口に強い取り組みはあるんですけど、卒業してからの伸びしろを十分にサポートしきれていない、という課題を感じていました。
具体的には、卒業後のキャリア形成を支援できていないことが大きいと考えています。
武庫川女子大学として資格を取らせたり、就職をしっかりサポートするところまでは体制が整っていますが、社会に出た後の『もっと大きくキャリアを伸ばしたい』『そもそも別の道にチャレンジしたい』『スキルアップして年収を上げたい』といったニーズに応えられていなかったんです。
私自身、女性のライフステージは出産や育児、配偶者の転勤などでキャリアを中断せざるを得ない時期があることを痛感してきました。だからこそ、“学び直し”ができる環境が必要だと感じました。なのでリカレント教育センターでは、DXやAIといった新しいスキルを身につけられる講座はもちろん、転職支援やキャリアカウンセリングもセットで提供して、女性が『またキャリアを伸ばそう』と思ったときにすぐ戻ってこれる、そんな仕組みを目指しています。
社会に出た女性が直面するキャリア課題
ありがとうございます、そう言った背景があってリカレント教育センターを設立されたんですね。お話しを聞いているとやはり女性だからこそ直面するキャリアの課題があると思ったのですが、高橋先生的にこちらはどうお考えでしょうか。
そうですね、今女性の大学進学率が上がってきていますが、いざ社会に出ると『結婚』や『出産』をきっかけに非正規雇用になってしまいそのまま留まってしまう人、正社員でも男性との賃金格差を感じて思うようにキャリアを伸ばせない人が本当に多いんです。
教鞭を取ってて感じるのですが、学生の頃から『結婚したら仕事は辞めればいいかな』と漠然と考えている子は少なくないんです。勉強はそこそこできるのに“猛烈に仕事を頑張りたい”と思っていない学生も多いんです。
そうなると、結局キャリアアップが頭打ちになったり、非正規の働き方しか選べなくなってしまったりしてしまいます。そこを変えるには、在学中からもっと意識付けをする必要があると考えています。
たとえば、20代後半から30代半ばって、女性にとってはライフイベントが集中する時期なんですね。妊娠・出産でキャリアが一時的に中断されても、それをリカバリーできるようにしておくことがすごく大事なんです。具体的には、英語や簿記、パソコンスキルみたいな基礎的な事務・語学スキルは学生時代のうちにしっかり身につけておくと良いんです。そのうえで、社会に出たら同期の男性以上に“ガツガツ”仕事を覚えていくのがおすすめです。
どうしてかっていうと、出産前までに評価される成果や成功体験を重ねておけば、いわゆる“マミートラック※”に乗せられにくいんですよ。復帰したときに『もう一度第一線で頑張りたい』って言いやすいし、周りも『この子ならイケる』って思ってくれる。キャリアアップしたいと思うなら、20代のうちから本気度を見せるのって、すごく大切なんです。
こうした具体的なキャリア像を見せる事で意識付けする事が大事だと思っています。
※出産後に復職した女性社員が育児のための時短勤務制度を利用したり、あるいは部署異動や仕事が変わったり等の配置転換によって、将来的には本人のキャリアが限定されたものになってしまう状態のこと
なるほど。ライフステージによるキャリアの中断だけでなく、実際には非正規雇用から抜け出せず、思うように年収を上げられない女性も少なくないのです。ちなみに、こうなってしまう原因には“仕事選び”のミスマッチがあるとお考えでしょうか?
それも一つだとは思いますが、女性の非正規率が高くて年収が伸びない原因の一つに、“やりがい志向”や“安定志向”が世の中のニーズとうまく噛み合っていないところがあるんじゃないかと思うんですよ。AIが当たり前に活用される時代になって、仕事の内容は大きく変わっています。でも、『資格さえ取れば一生安泰』みたいな思い込みが依然として強く残っているから、本当に需要が伸びる職種や業界を見逃してしまっている。結果的に年収が上がらない道に留まってしまう可能性が高いんです。
たとえば税理士とか司法書士なんかは、『資格があれば安定』っていうイメージがあります。でも、AIによる自動化がどんどん進んでいくなかで、『その仕事はこれから本当に必要とされるのか?』って考えないといけません。逆に看護や介護、あとITスキルのある人材はもう企業から引く手数多なんです。そうした社会の変化を“将来の仕事選び”にきちんと反映できていないことが、非正規雇用や低収入につながっていると感じています。
また今の日本は、まだまだ『男性が家族を養う大黒柱、女性がサブ』みたいな固定観念が根強いんです。結婚するときに『夫の転勤があるかも…』って、どうしても女性のほうが仕事を合わせようとしがち。だけど本当に自分が望む働き方やキャリアって何なのか、もっと早い段階から考えておけるような教育体制が必要じゃないかなって、私は思っています。
リカレント教育センターの取り組みと効果
なるほど、女性のキャリアの課題はこれまでの志向性に左右されている部分がありますね。
改めて、リカレント教育センターの講座内容について伺いたいのですが、DXやAIなど最先端領域のスキルに力を入れているとお聞きしました。どのような狙いと特色があるのでしょうか?
武庫川女子大学のリカレント教育センターでは、社会人女性が短期間で必要なスキルを身につけられる講座から、長期的にキャリアを見直すための支援まで、幅広いプログラムを用意しています。
その中でも特に力を入れているのが、先ほどお話しさせていただいていたDXやAIといった最先端分野の講座ですね。といっても、専門的なプログラミングスキルを身につけてほしいわけではないんです。大事なのは、DXやAIのツールを使って“どんなことが実現できるのか”を理解してもらうことに重きを置いています。
たとえば、データをもとに将来予測をしたり、マーケティングに生かしたりする―要は『仕事を効率化したり、新しい価値を生み出したりできる実践力』を身につけてほしい、というイメージです。文系出身の方でもわかりやすく対面、遠隔、オンデマンドなど、遠隔でも学べるようなカリキュラムを組んでいるので、『講座をすぐ受けてすぐに会社で活かせる』と思ってもらえるように工夫しています。
また、イラストレーターやフォトショップなどのデザインソフト系のプログラムも実用的で人気です。ちょっとしたデザイン作業を外注せず、自分で内製化できれば企業側もコスト削減につながりますし、そのぶん評価が上がるケースも多いです。そういう“すぐに使えるスキル”が身につけられるプログラムを多角的に取りそろえています。
先進的な講座をたくさん揃えられているのはすごいですね、私も受けてみたいです。
先ほど講座だけでなく、キャリア相談や再就職支援までワンストップで行っていると伺いました。どんな体制でサポートしているのか、詳しく伺ってもよろしいでしょうか。
ありがとうございます、ご質問いただいた通り武庫川女子大学のリカレント教育センターの大きな特徴としては、単に講座を開くだけじゃなくて、キャリアカウンセリングや転職・再就職の紹介までサポートしているところです。
実は、卒業生にアンケートを取ったとき、当初は『子どもを預けられる託児所をつくったらいいかな』と思っていたんです。でも結果としては、『キャリアを相談できる場が欲しい』『転職先を紹介してほしい』という声のほうが圧倒的に多かったんです。そこで、センターの中に専任のキャリアカウンセラーを置いて、個別相談をしっかりやっているんです。
また、あえてカウンセラーは女性に限定しています。やはり同性同士のほうが話しやすいことも多いですし、ライフステージや価値観の多様性にも寄り添いやすいためです。
また、転職や再就職を希望する人には、銀行とか資格スクールといった学外のパートナー企業とも連携して、『就職先を確保する』仕組みまで整えています。たとえば、若い女性で『今の職場が辛いから、とりあえず事務職に逃げたい』って悩む方もいます。でも、事務職が今後AIに置き換わるんじゃないかって心配する子もいます。そんなときに、ただ“やりたい仕事”を紹介するんじゃなくて、将来の展望まで含めてアドバイスしたり、学び直しを提案したりすることで、ミスマッチを減らしたいんです。
実際、『もうメンタル的にしんどい…』と落ち込んでいた人が、学び直しを通じて自分の強みを再認識して転職に成功し、年収や仕事のやりがいが大きくアップした例もあります。『自分らしく生き生き働ける職場を見つけられた』なんて報告をもらうと、やっぱりやってよかったなって思います。
女性のキャリアにおいての1on1について
弊社も1on1ツールを販売させていただいているので是非質問させていただきたいのですが女性のキャリア形成を支援するにあたって、1on1はどのように行えば効果的か、高橋先生はどのようにお考えでしょうか?
そうですね。男性以上に、女性の場合はライフステージによってキャリアが変わりやすいです。たとえば『結婚は何歳でしたいか』『子どもを何人欲しいか』とか、そういうライフイベントがキャリアに大きく影響してしまうんです。
だからこそ、女性に対しては1on1の場でちゃんと話を聞くことがすごく大事だと思っています。よく『もっと頑張れば?』『出世していけば?』って押し付けるだけの指導になりがちなんですけど、それだと“噛み合わない”ケースが多々あるんです。
まず『どんな人生を歩みたいの?』っていう、いわゆるライフプランとか価値観から聞いてあげないと、キャリアの方向性も見えてこないんです。特に女性は、子どもを産むか産まないか、夫の転勤があるかないかで仕事がゼロになるリスクも男性より大きい。だから最初にしっかり聞く、この寄り添いがキーポイントなんです。
具体的には、『どんな女性像に憧れるか』『尊敬する先輩や有名人は誰なのか』といった質問から入ると、意外とその人の価値観とか人生観が見えやすいんですよ。たとえば、実は社会貢献にすごく興味があったりとか、実はもっとガッツリ稼ぎたいと思っていたり、子どもを3人育てながら仕事を続けたいと思っていたり。そういう内面の部分がわかれば、あとはキャリアのアドバイスもしやすくなります。
ただ、実際に1on1を行うマネージャーやコーチ側が男性の場合、配慮が必要な場面もあると思います。そのあたりはいかがでしょうか?
そうですよね、女性ならではの分岐の多さとか、ライフステージの変化をすべて理解するのは正直難しいです。男性には想像しにくい事情があるのも事実です。だからこそ1on1って、日常的には上司・部下の信頼関係が大事なのは当然なんですけど、もし踏み込んだ話がしづらいってときには“専門のカウンセラー”とか“同性の先輩”に相談できる場を別に設けると、より質の高いサポートができると思います。
たとえば『子どもをいつ産むか』とか『夫の転勤についてどう考えるか』とか、相手が男性の上司だと話しにくいことがあると思います。そこを無理やり二人だけで解決しようとするよりも、『必要があれば女性のカウンセラーとも話していいよ』っていう選択肢があると、女性も安心して本音を出せます。
総括:今後の展望について
ありがとうございます。
ちなみに、リカレント教育センターで取り組みたい新たなプロジェクトはありますか?
そうですね。今、リカレント教育センターではDXやAIを中心に“短期間でスキルを身につけられる講座”を提供していますが、もう少し腰を据えて“専門性を高められるプログラム”をつくりたいと考えています。いわゆるビジネススクールのような長期的な学び直しは、お金や時間の面でハードルが高いという声も多いです。でも、『本格的にスキルアップしてキャリアチェンジしたい』とか、『年収を大きく伸ばしたい』というニーズは着実に増えています。
そこで私たちとしては、たとえば半年から1年くらいかけて、ITやマネジメントなど“しっかり専門を深められるプログラム”を整えようと思っています。“中途半端に転職するのではなく、しっかり実力をつけたい”っていう人を本気でサポートできるようにしたいですし、それによって年収も100万円、200万円単位で伸ばせるような道筋を用意したいんです。これは大学としての新たな挑戦でもあるので、どんな形で実現するか今まさに検討しているところです。
すごいですね、やはりスキルを上げて年収をあげる事は重要なので是非実現してもらいたいですね。
最後に改めてではあるのですが、髙橋先生が考える「ライフステージを越えて活躍できる社会」とは、どのようなものでしょうか?
私が理想とするのは、“結婚・出産や介護などライフステージの変化があっても、キャリアを諦めなくていい社会”です。いったん家庭に入ったとしても、そこからやり直そうと思ったときにスキルを身につけ直せる場所があって、周りがその人をきちんと評価してくれる。そういうサイクルが当たり前になれば、女性のキャリアはもっと多彩になると思うんです。
学生時代からずっと頑張り続ける女性もいれば、30代で出産して40代から新しいことを学んでキャリアを再構築する人もいるし、50代で大きく転職する人だっている。年齢やライフイベントの節目ごとに学びと仕事を行き来できるのが、本来の“生涯活躍”じゃないかとかんがえています。リカレント教育は、その土台を作る手段だと思います。だからこそ、大学として“卒業したら終わり”ではなく、いつでも戻ってきて学び直しができる仕組みをもっと充実させたいと考えています。
実は、キャリアを諦めている女性の多くが『この年からじゃ遅いかな』と思ってるんですけど、全然そんなことはありません。社会に出たあとでもやる気になれば、人は必ず伸びるんですよ。リカレント教育センターとしても、そういう『もう一回チャレンジしたい』『もっと成長したい』という女性たちを全力で応援していきたいです。
ありがとうございます。武庫川女子大学様のリカレントセンターがどのような学びを提供するのか楽しみです。
謝辞
今回は、武庫川女子大学の高橋先生に女性支援とリカレント教育の可能性についてお伺いさせていただきました。
本日は貴重なお時間をいただき、深いお話をたくさん聞かせていただいた高橋先生に、心より感謝申し上げます。インタビューを通じて、多くの学びや気づきを得られたことと思います。
そして、最後までこの記事をお読みいただいた皆さま、誠にありがとうございます。本記事が皆さまにとって、組織開発の一助となれば幸いです。
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