ノーレイティングを完全解説!次世代の評価制度のメリット・デメリット・導入上の注意点
多くの日本企業で採用されてきた年次評価(1年に1回の評価)は、転換点を迎えています。
近年のビジネス環境は加速度的に変化量を増し、1年後の未来を予想する事は極めて難しくなっています。
また、予想したものとは異なる結果になるケースも少なくありません。
そのため、従来型の評価制度は、実態に即しておらず、従業員の不満の温床となるケースも少なくありません。
結果として、現代のビジネス環境に即した評価制度が求められる中、今注目を集めているのがノーレイティングという概念です。
本記事では、ノーレイティングによる人事評価とは何か、注目の背景やメリット・デメリット、導入の進め方や注意点について解説します。
目次
ノーレイティングによる人事評価とは
ノーレイティングとは、「レイティング」と呼ばれる社員をランク付けする評価制度を廃止し、リアルタイムに上司と部下の評価の認識をすり合わせる仕組みを導入することによってこれまでの評価制度の問題点をクリアしようとする新しい人事評価制度を指す言葉です。
ノーレイティングでは、上司による1on1や同僚も含めたフィードバックを週次や隔週など高い頻度を行うのが一般的です。
そして、常に従業員は現在の自身のパフォーマンスと成長課題について客観的な理解を得られるようになります。
また、リアルタイムに上司や同僚から評価を受ける事によって、常に周囲の期待と自身の貢献度の期待値をすり合わせを行います。
結果として、人事制度における最大の課題の1つである「評価の納得感の醸成」という課題を解決する事に繋がります。
ノーレイティングに対する誤解とレイティングによる従来の評価制度の問題点
ノーレイティングによくある誤解は、「ノーレイティング=評価制度の廃止」というものです。
ノーレイティングはあくまで「レイティング」と呼ばれる4~5段階のランク付け(S/A/B/C/Dの5段階評価が一般的)による評価や年次評価(レビュー)という1年に1回の評価のみで決める仕組みを廃止するものである点に注意しましょう。
ノーレイティングを導入していても、年1回の給与査定や人事評価は行われるケースがあり、ノーレイティングは従来型の評価制度と共存可能な取り組みです。
ノーレイティングが注目される背景
ノーレイティングの様な新しい制度や施策は、社会的な節目や変化によって生み出されてきました。
本パートでは、ノーレイティングが注目されている2つの背景について解説します。
1. 外部環境の不確実性の拡大
VUCAの時代という言葉に代表される通り、現代のビジネス環境は将来予測や正解が見え辛くなっている時代になっています。
従来型の1年に1回の目標設定を律儀に守るだけでは、目まぐるしい外部環境の変化に対応することはできません。
一方で、従来型の評価制度(レイティング)は、期初に立てた目標をベースに達成率を評価する形式となっています。
そのため、組織の方針や変更された目標の達成率を正しく評価する事が難しいという制度上の欠陥を抱えています。
ノーレイティングは、こうした変化に適応できる「アジャイル」な組織を実現するという役割が期待されています。
2. 人材の流動性の高まり(採用市場の激化)
ここ20年で「転職」は一般的になりつつあり、景気の変動による影響は一時的にあるにせよ、長期的に国内の人材流動性は伸び続けてきました。
結果として、企業は優秀な人材が社外に「流出」しないよう、社員にとって納得感の高い評価システムを構築する事の人事部門における相対的な優先順位が高まりつつあります。
一方で、アデコグループによる調査によれば、労働者の6割以上が勤務先の人事評価制度に不満を持っていると言われています。
評価制度の納得感を高め、社外の人材にとっても魅力的な会社をつくるという役割がノーレイティングには期待されています。
評価制度と給与・昇進の関係
1. ノーレイティングの給与の仕組み
ノーレイティング制度では従来のランク制度に代わって上司が給与を決定することが一般的です。
画一的な評価になりがちな従来の評価制度に比べて、ノーレイティングでは個人の行動や成果に基づいて給与が決定されるため、納得感が高まることがあります。
一方で、上司による裁量が大きくなるため、ノーレイティングの導入に慎重な企業もあります。
ノーレイティングを導入しているアメリカの企業の多くでは、人件費予算を提示し、その予算を部下にどのように分配するかはマネージャーの裁量に委ねられています。
2. 給与・昇進の判断において考慮されること
ノーレイティングを導入している企業では、従業員のパフォーマンスを評価するために、以下のような要素が考慮されることがあります。
- 目標達成度:従業員が定められた目標をどの程度達成したか
- 貢献度:従業員がチームや会社の成果にどの程度貢献したか
- スキルセット:従業員が持つスキルや知識のレベル
- コミュニケーション能力:従業員がチーム内や顧客とのコミュニケーションをどの程度円滑に行えるか
- 自己成長:従業員が自己啓発に積極的であるかどうか
ノーレイティングを導入することで、従業員が数字での評価に捉われることなく、自己成長や貢献度、スキルセットなどを重視した評価ができるようになります。
ノーレイティングのメリット
ノーレイティングは、その真新しさや新奇性にフォーカスされがちですが、経営目線で見た場合に数多くのメリットがあります。
本パートでは、ノーレイティングが企業にもたらすメリットについて解説します。
1. 組織のパフォーマンスが向上する
ノーレイティングにおいては、年間や半期の大きな目標だけでなく、月間やそれ以下の単位の短期的な目標設定をした上で、上司や同僚から1on1やフィードバックを受ける事になります。
結果として、レイティングによる評価にありがちな「期初目標の形骸化」を防止します。
また、重要かつ達成しがいのある目標に対して、スピーディーに問題解決を行う仕事の進め方が組織に根付く事で、高いパフォーマンスを発揮出来る風土が醸成されます。
2. 社員の定着率やエンゲージメントが高まる
前述の通り、従来型の年次評価は、その構造的問題から従業員の不満を集めやすいという問題点があります。
また、北野唯我氏 著「職場の「空気」が結果を決める(2019年)」によれば、人事評価の適正感と社員の士気は相関関係にあると言われています。
ノーレイティングによる評価を行う事によって、人事評価の納得度を高め、従業員のエンゲージメントを高める事もメリットの1つとして挙げられるでしょう。
3. 求職者からの魅力度と採用力が高まる
ノーレイティングを適切に運用する事に成功すれば、業績という観点だけではなく、個人の自己成長や能力開発という観点からも非常に健全な組織風土となります。
例えば、定期的な上司による1on1は、業務やミッションの遂行度を確実に後押しします。
また、同僚から率直なフィードバックを定期的に得る事によって、自身の強み・弱みを客観的に理解し、従業員は継続的な自己成長を実現できるでしょう。
こうしたノーレイティングがもたらす「オープン」かつ「成長志向」の組織風土は、多くの求職者にとって魅力的に映る可能性が高く、採用力や自社の魅力度を高めることに貢献します。
ノーレイティングの問題点・デメリット
ノーレイティングには、前述の通り、数多くのメリットがある一方で、明確な問題点やデメリットがある点に注意が必要です。
本パートでは、ノーレイティングと問題点とデメリットについて解説します。
1. 上司に高いマネジメント能力が求められる
ノーレイティングの導入によって、人事評価におけるマネージャーの責任はより大きなものとなります。
従来型の年次評価は、期初に目標を立て、半年に1度中間レビューを行い、1年後に評価を規定の項目に従って行うという、低頻度かつ定型的な意味合いの強いものでした。
一方で、ノーレイティングは、常に部下に対してフィードバックや1on1を行う事で、期待される役割から高い目標を立て、その達成を高頻度でサポートをしていくようなマネジメントが求められます。
ノーレイティングによる人事評価は、評価の根拠も結果もマネージャーに委ねられる割合が大きいため、必然的にマネージャーがピープルマネジメントとパフォーマンスマネジメントの両方に長けていなければ、機能し辛いという問題点があります。
2. 上司の負担と責任が増える
ノーレイティングを採用した場合、その性質上、必然的に部下とのコミュニケーションの機会は、従来型の評価制度と比較すると、飛躍的に増加します。
例えば、8人の部下を持つマネージャーの場合、毎週30分ずつ1on1を行った場合、毎週4時間を部下に費やす事になります。
これは、1週間あたりの労働時間の10%の割合を占めます。
これまで同様の取り組みを行っていなかった上司からすれば、負担が増えたと感じる事は間違いありません。
一方で、上司と部下の認識のすり合わせや支援の機会を増やす事は、中長期的に部下の成長という形でリターンを得る事が可能です。
短期的なマネジメントの負荷の増加だけに目を向けるだけでなく、中長期的な部下の自立を見据えて取り組むことが重要です。
3. 慣れない取り組みに対して現場が混乱する
年次評価は、多くの日本企業で長年採用されてきた評価制度の仕組みです。これまでの評価制度を変えるという事で、現場は大きく混乱する事が予想されます。
予想される混乱は、単なる評価業務のオペレーション変更にとどまらず、降格や降給、評価の正確性に対する従業員の不安など様々な要素が入り混じったものとなります。
導入する際には、こうした混乱を最小化する根回しや制度設計を行う事が重要となるでしょう。
ノーレイティングの導入上の注意点・対策
ノーレイティングは、前述の通りメリットとデメリットの二面性があるため、前者を享受しつつ、後者のリスクを最大限に抑制する取り組みが必要です。
本パートでは、ノーレイティングの導入上の注意点について解説します。
1. 管理職のマネジメント力の底上げを図る
ノーレイティングでは、年次評価よりも高いマネジメント力が求められます。
したがって、1on1やピープルマネジメント、目標設定などの体系化されたマネジメントスキルを学習する場を会社として提供する必要があります。
必ずしも、外部の有償サービスに頼る必要はなく、社内講師を立てたり、マネージャー同士の学びや気付きを共有するワークショップ形式を採用するのも良いでしょう。
また、役割を遂行できるよう経営層や人事が定期的にマネージャーに対して1on1を行い、ノーレイティングを運用する上での課題解決をサポートする事も重要です。
マネージャーだけに過剰な負荷をかけない設計にする事がポイントです。
2. 管理職の持つ評価権限を拡大する
ノーレイティングでは、従来型の評価制度のように人事部門が作成した特定の項目に基づいて評価するシーンは相対的に少なくなります。
代わりに、マネージャーと部下の間で定期的に目標を設定し、その進捗に対してサポートやフィードバック、評価を行います。
つまり、評価の内容と結果に占めるマネージャーの裁量の割合が大きくなるという事です。
したがって、上司によって行われた定期的なフィードバックや評価の結果と、最終的な人事制度上の評価と乖離がしないよう、直属の上司に評価の決定権をある程度委ねる事が重要となります。
3. 上司以外からもフィードバックを受ける制度を整える
マネージャーの権限について強調しましたが、上司は必ずしも部下を100%正確に評価できる訳ではありません。
日本の多くのマネージャーは、プレイヤーを兼任しており非常に多忙な日々を過ごしています。
また、昨今はプロジェクト形式で仕事を進める会社や業種も増えており、上司と部下の業務上の繋がりが減る傾向にあります。
したがって、ノーレイティングにおいて、評価の精度を担保するためには、上司だけでなく、同僚や部下からフィードバックを受ける体制を整える事が重要となるでしょう。
4. 給与原資自体は限られている事を認識する
ノーレイティングにおいては、前述の通り、レイティングによるランク付けが廃止されるとともに、相対評価から絶対評価となるケースが少なくありません。
したがって、従業員一人ひとりの貢献をストレートに評価できます。
一方で、給与として分配できる「給与原資」自体には上限があるため、絶対評価になったからといって、青天井で全ての社員が高い報酬を手に入れられる訳ではない点に注意が必要です。
多くの場合、報酬を決定する際には「キャリブレーション」という評価と原資配分の調整プロセスを組み込むことで対応しています。
ノーレイティングの運用は、金銭的報酬のみでなく、貢献の可視化や承認、自己成長や能力開発といった非金銭的報酬も絡めた設計にする事がポイントです。
評価制度を変更する上で重要な事
1. 「ビジョン・ミッション・バリュー」「経営理念」の浸透
ノーレイティングを導入する上で、最も重要となるのは、「ビジョン・ミッション・バリュー(VMV)」や「経営理念」の浸透・明確です。
なぜなら、高頻度で行われる目標設定やフィードバック、上司によるサポートを行う上で羅針盤として機能するためです。
もし、理念やビジョン等が不明確であれば、マネージャーは評価を行う際の判断根拠を失うでしょう。
また、部下も、心の底から共感したり、モチベートされる様な目標を設定できない可能性が高まります。
結果として、高い定量目標「だけ」を立て、腹落ちしない中で数字だけを追う様な事態になってしまう事は想像に難くありません。
評価の判断軸を明確にするためにも、高い目標に「動機」をもたらすためにも、ノーレイティングを始める前に自社のビジョンやミッションが明確になっているか、浸透しているのかを確認する事が重要です。
2. 短期ではなく中長期での成果を期待する
ノーレイティングを導入する場合、従来の評価制度に比べて、成果や能力を評価するための方法が異なるため、短期的には劇的な変化が生じることは少ないです。それでも、長期的には、ノーレイティング制度がより公正で、従業員の成長を促進するために貢献すると期待されています。
ノーレイティング制度では、従業員が自分自身の目標を設定し、自己評価を行うことが求められます。これにより、従業員は自分自身の成長をより意識し、自己管理能力が高まることが期待されます。
また、従業員と上司との間で、より良いコミュニケーションが行われ、フィードバックがより頻繁に交換されるため、従業員のモチベーションやエンゲージメントが高まることも予測されます。
しかし、ノーレイティング制度を導入するためには、従業員と上司の教育やトレーニングが必要であり、文化的な変革をもたらすために時間がかかる場合があります。したがって、中長期的な視点で制度を導入し、徐々に浸透させることが重要です。
ノーレイティングを始めるための人事施策・手法
これまでのノーレイティングという概念について様々な観点から解説してきましたが、実際に制度を運用するためには、何から取り組んだら良いのでしょうか。
本パートでは、ノーレイティングを導入する上で、有効な4つの人事施策について解説します。
1. 1on1ミーティング
1on1ミーティングは、上司と部下の間で行われる1対1の対話を指し、主に部下の精神・業務・成長支援を目的として行われる取り組みです。
ノーレイティングを導入した場合、上司と部下で定期的に相互の期待値をすり合わせたり、部下のアウトプットに対してフィードバックを定期的に行う必要があるため、1on1は非常に親和性が高い施策です。
注意点としては、1on1はあくまで「部下の時間」である事を認識しましょう。
ネガティブフィードバックばかりでは、部下は萎縮してしまい、1on1ミーティングの場が苦痛に感じられる事になってしまうでしょう。
最悪のパターンとしては、心理的安全性が損なわれ、「本音」の対話が出来なくなる事で、1on1が機能しなくなる事です。
マネージャーはあくまで部下のサポーターとして振る舞うことが鉄則となります。
2. 360度フィードバック
360度フィードバックは、上司だけでなく、部下や同僚から自身の成果やパフォーマンスに対してコメントを貰う事が出来る制度です。
ノーレイティングを運用する上で、360度フィードバックは、プロジェクト型で仕事進めている等、上司が常に部下のパフォーマンスを把握できないような組織に向いています。
マネージャーは、自身のコメントだけでなく、360度フィードバックの内容も活用して、部下の内省や認識のズレの修正をサポートする事ができます。
注意点としては、「360度評価」ではなく「フィードバック」として運用し、被評価者の成長支援が目的の施策であるという事を強調しましょう。
人事評価に直接的に影響する場合、率直なコメントを得られなかったり、逆に過度に否定的な評価を下すといった現象が生じやすくなってしまいます。
3. OKR
OKRはObjectives and Key Resultsの略称で、インテルやGoogleなど世界的有名企業で採用されている目標管理の手法の一つです。
OKRは目標管理の手法として以下の様な特徴を持ちます。
- 達成確率50%程度の野心的な目標(ムーンショット)を立てる
- 組織と個人の目標の構造や繋がりが可視化され、明確になる
- 1週間単位で定期的に目標の進捗を振り返る仕組みがある(ウィンセッション、チェックイン)
OKRは、非常に高い目標を立てる事を前提としているため、人事評価とは切り離されて運用されるのが一般的です。
なぜなら、目標の「達成率」で評価するとなった途端、人は高い評価を得ようと、「達成出来そうな目標に下げる」という「引力」が働くからです。
そのため、リアルタイムに進捗をサポートしたり、フィードバックを行いながら、プロセスを評価するノーレイティングと非常に相性が良い施策であると言われています。
4. 表彰制度(レコグニション)
表彰制度は、組織のバリューを体現した従業員や、一定期間で卓越した成果を残した従業員を表彰する制度です。
全従業員の前で、成果やパフォーマンスを表彰するという取り組みは、最上級のポジティブフィードバックであるとも言えるでしょう。
まとめ
改めてノーレイティングの要旨をまとめると、下記の通りとなります。
- 1on1や360度フィードバックなど、短スパンで評価を行ったり、上司と部下との期待値のズレをすり合わせる
- レイティング(ランク付け)はせず、主に上司やマネージャーによる絶対評価によって評価が決まる
- 目標は定期的に修正をしたり、新しい目標を立て、「目標の形骸化」を防止する
なお、ノーレイティングは、あくまで1つの概念であるため、実際に運用しようとした場合には、個社毎の課題やあるべき姿に基づいて、そのエッセンスを取り入れていく様な運用が良いでしょう。
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