現代のビジネス環境において人材育成は、単なる「人を育てる」意味合いにとどまらない、経営計画やビジョンを履行するための戦略の1つです。
激しい市場変化やグローバル化が進む中で、企業が持続的に成長していくためには、戦略的に人材育成を行って成果を出していくことが欠かせません。この戦略的なアプローチがなければ、せっかくの時間やリソースを投じても、効果が薄いまま終わってしまうリスクが高くなってしまいます。社員一人ひとりの能力を最大限に引き出し、組織全体のパフォーマンスを向上させることで、事業の目標達成に貢献することが、人材育成戦略の最たる目的と言えるでしょう。
本記事では、戦略的に人材育成を行っていくための知識や実践ポイントを網羅的に紹介していくので、ぜひ最後までご覧ください。
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目次
戦略的な人材育成とは?
人材育成戦略を理解するためには、まず一般的な人材育成との違いを明確にする必要があります。多くの企業では「とりあえず研修を実施する」「他社で効果があった手法を導入する」といったアプローチが取られがちですが、これでは真の成果を得ることは困難でしょう。
戦略的に人材育成を行うためには、企業の経営戦略や事業戦略と密接に連動させる必要があります。
単に従業員のスキルアップという意図のみを意識するのではなく、組織全体のパフォーマンス向上や競争優位性の確立といった「企業としての最終的なゴール」を達成するための戦略の柱として人材育成を位置づける必要があるのです。従来の「個人のスキルアップ・生産性向上」のみをゴールとしたミクロ的なアプローチから脱却し、より企業戦略に引き付けながら人材育成計画を策定・実施していくことで、企業全体の生産性や競争力を支える人材基盤を構築できるのです。
戦略的人材育成と人材戦略の違い
戦略的な人材育成と人材戦略はいずれも企業の成長に関わる重要な概念ですが、その意味合いやスケールには明確な違いがあるため、正しく理解しておく必要があるでしょう。
まず、人材戦略とは、経営目標を達成するために必要な人材に関する計画や方針のことです。これは、企業が将来的にどのような組織を目指し、どのような能力を持つ人材がどれだけ必要なのか、そしてそれをどのように確保していくのかを体系的に設計することを意味しています。人材戦略は、「採用」「配置」「育成」「評価」「代謝(退職管理など)」といった人材に関するあらゆる諸要素によって構成される、より包括的な概念であると言えます。
一方、人材育成とは従業員のスキルや能力を向上させるための取り組みのことを指し、これを企業が進むべき方向性、つまり戦略に沿って進めていくことを、「戦略的な人材育成」と呼ぶことができると言えるでしょう。つまり戦略的な人材育成は、人材戦略という大きな計画の中に含まれる一部となります。
人材戦略が組織全体の仕組みや方向性を人材面から設計する役割を担うのに対し、戦略的な人材育成は、その枠組みの中で従業員個人の成長を最大化させるための役割を担っているのです。
人材戦略の三要素
人材戦略には、非常に重要な柱となる3つの要素が存在します。企業の成長や競争力強化に人材戦略を通じてアプローチするには、これらの柱について理解することが必要不可欠でしょう。
まず第一の要素は、「採用」です。中長期的な計画やビジョンをもとに必要なスキルや人材像を洗い出し、最適な人材を採用することが求められます。「採用」は単なる人員補充ではなく、一連の人材戦略の最上流に位置づけられる重要なフェーズです。以後の人材戦略はここで採用された人員を対象に行われていくため、人材戦略の基盤づくりともいえるこの「採用」フェーズでは、経営戦略や事業計画、また各部署や現場のニーズにコミットした人材を獲得する必要があります。
第二の要素は、「育成」です。新卒採用では、就業経験のない未経験者を自社の戦略に合うよう時間とコストをかけて教育・研修を行います。中途採用では企業理念や社内ルールの研修から始まり、スキル不足の確認と必要な研修、新しい職場でのオンボーディング支援が重要となります。
そして第三の要素は、「配置」です。適材適所の人材配置は生産性を向上させるだけでなく、より個人のキャリアプランや希望する働き方に寄り添うことに繋がります。また、管理職への登用や部署再編を通じて、会社方針やビジョンを浸透させる効果もあります。
これらはすべて同じ「社内人材」がターゲットであり、それゆえ各フェーズはお互いに密に影響しあっています。各フェーズを単発的な取り組みと見なさず、お互いの施策や経営戦略と連動させて、戦略的に一連の人材施策に取り組んでいく必要があります。
人材育成戦略がなぜ必要とされるのか
現代の企業を取り巻く環境は、かつてないスピードで変化しています。DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進や少子高齢化による労働人口の減少など、多くの現代ならではの課題に直面していることでしょう。
このような状況下で企業が競争力を維持・発展させていくためには、社員個々のスキルや知識を向上させるだけでなく、組織としてそれらを最大限に活用できる体制を構築することが重要になります。戦略的な人材育成は、経営戦略と連動させることで、企業のビジョン実現に向けた人材基盤を効率的かつ効果的に育成するための羅針盤となるのです。
人材育成戦略の立て方・意識すべきポイント
戦略的な人材育成とは、単に社員のスキルアップを図るだけでなく、組織全体のビジョンや目標達成に人材育成を通して貢献することを目的としています。そのためには、「何を実現するための人材育成なのか」「何を誰に届けるのか」「どのように施すのか」という3つの柱を明確にすることが不可欠です。これらの要素を深く掘り下げ、それぞれの関係性を理解することで、より効果的で実践的な人材育成戦略を構築できるでしょう。
【目的】何を実現するための人材育成なのか
人材育成戦略を考える上で、まず最初に明確にすべきは「その人材育成を通して何を実現したいのか」という目的の部分です。この目的が曖昧なままでは、どんなに優れた研修プログラムを導入しても、ねらった効果は期待できません。
人材育成は、企業の経営戦略と強く連動している必要があります。例えば、社内業務のDX化により業務効率化を図りたいというビジョンがあったとすると、DXに関する知見やスキルセットをもった人材をアサインしたり、研修や講座受講などによってIT人材を育成することで、DX推進室のようなチームを編成しDXを効率的に進められるようになるでしょう。
このように、経営陣が示すビジョンや具体的な事業戦略を達成するために、「どのような人材が必要で、どのような能力を身につける必要があるのか」を明確にすることで、人材育成施策の優先順位をつけることができ、効果的な人材育成を実施することができるようになります。
【戦略】何を誰に届けるのか
目的が明確になったら、次に「何を誰に届けるのか」という戦略を立てます。ここで言う「何を」とは、具体的なスキル・知識・マインドセット等を指し、そして「誰に」とは、その育成のターゲットとなる従業員の階層や部門、または個人の特性を指します。
例えば、若手社員には基本的なビジネススキルや問題解決能力を、中堅社員にはリーダーシップやマネジメントスキルを、そして管理職には組織変革を推進する経営目線をといったように、ターゲットごとに必要な要素は異なってきます。経営戦略の方向性は正しいのにそれに合わせた人材像や必要スキルの設定(「何を」の部分)が誤っていたり、あるいはテコ入れすべきスキルやマインドセットは適切なのに教育すべき人材の範囲や層(「誰に」の部分)がずれていると、その時点で狙った育成効果を得ることは難しくなってしまいます。達成したいビジョンや目標から、欲しいスキルや知識とその育成対象まで一気通貫で明確にすることで、育成の方向性が定まり、施策の効果を最大化させることができるでしょう。
【戦術】どのように施すのか
目的と戦略が定まったら、最後に「どのように施すのか」という具体的な戦術を考えます。
人材育成において専門的なスキルや知識の習得を目的とする場合は、研修やOJT、e-learningといった方法をとることができます。また、専門性を高める教育的な意味合いは薄いものの、メンター制度や1on1面談といった人事施策も社員のエンゲージメント向上や個人の目標管理に非常に効果的です。
これらの中からどのような方法を用いるかは、育成するスキルの種類、ターゲットの特性、利用可能なリソース(予算、時間、人材など)によって決める必要があります。また、重要なのは【戦略】フェーズで明確にした育成内容や対象に最も効果的にアプローチできる施策を設計することであり、そのためには単一の手法にこだわる必要はありません。例えば、研修で知識を得て、OJTで実践し、1on1でフィードバックを得るといった複数の施策を組み合わせたサイクルを回すことで、より深い理解とスキルの定着を促すことができるでしょう。
人材育成戦略に使える考え方・フレームワーク
人材育成戦略を策定する際には、ビジネスで広く活用されているフレームワークを活用してみましょう。これらのフレームワークを自社の状況や目的に応じて適切に活用することで、より効果的な人材育成計画を構築できるでしょう。
・ロジックツリー分析
・カッツ・モデル
・SWOT分析
・70:20:10の法則
ロジックツリー分析
ロジックツリーは、複雑な課題や問題について枝葉を広げるように細かな要因へと要素分解し、根本原因や解決策を突き詰めて導き出すためのフレームワークです。人材育成施策を策定する際には、組織のビジョンや抱えている課題に沿った効果的な施策を導き出す上で、非常に有用なフレームワークであると言えます。
このフレームワークでは問題をツリー状に分解していくため、原因や解決策を視覚的に把握することができます。ポイントは、分解した要素がMECE(ミーシー、Mutually Exclusive, Collectively Exhaustive:漏れなく、ダブりなく)になっているかどうかを確認することです。これにより分析の精度が高まるため、根本的な原因やボトルネックを見逃すリスクを減らすことができます。
カッツ・モデル
カッツモデルとはハーバード大学のロバート・カッツ教授が提唱したモデルのことで、ざっくり言うと人材の層(経営層、管理職、一般社員など)によって求められるスキルが変わってくるというものです。
このモデルにおいて、人材層は「トップマネジメント」「ミドルマネジメント」「ロワーマネジメント」に、スキルは「テクニカルスキル」「ヒューマンスキル」「コンセプチュアルスキル」に、それぞれ3要素に分けて考えられています。
【3階層】
・トップマネジメント:組織全体の方向性や戦略を決定する立場にある高位管理職を指します。
・ミドルマネジメント:部門やチームを統括する、いわゆる中間管理職を指します。
・ロワーマネジメント:現場での業務をメインとするメンバーを指します。
【3スキル】
・テクニカルスキル:業務単位や現場レベルで必要となる専門的な知識や技術を指します。
・ヒューマンスキル:チームを運営したりメンバーをマネジメントするための、コミュニケーション能力や対人スキルを指します。
・コンセプチュアルスキル:物事を概念的に捉え戦略的思考や意思決定を行う能力を指します。
カッツモデルで定義された3つのスキルは、むろん全ての階層において最低限必要とはなりますが、それぞれの階層においてその比重は異なってきます。
たとえば、日々の業務や現場での生産性がより求められる一般社員レベル(ロワーマネジメント)では、テクニカルスキルが最も求められ、次いでヒューマンスキルも必要とされています。
個人最適ではなくチームやメンバーのことまで考える必要が生じるマネージャーや管理職層(ミドルマネジメント)においては、ヒューマンスキルが最も必要とされますが、テクニカルスキルやコンセプチュアルスキルも切り捨てられるものではありません。この階層では、全てのスキルを総合的に有していることが好ましいとされることがわかります。
企業の意思決定を行う経営層(トップマネジメント)においては、コンセプチュアルスキルが最も重要視されています。多くの社内人材を統率する立場となるためヒューマンスキルは次いで重要となり、現場業務の機会は少ないためテクニカルスキルは最も比重が軽くなっています。
このようなカッツモデルを人材育成の場で活用することで、例えば若手社員や新任管理職にはテクニカルスキルやヒューマンスキルを中心とした研修を、経営層候補にはコンセプチュアルスキルを強化するプログラムを提供するなど、各階層に合わせた効果的な育成計画を策定できるようになるでしょう。
参考: やさしいビジネススクール
Skills of an Effective Administrator(参考:Harvard Business Review)
SWOT分析
人材育成戦略の立案において、現状分析の手法として非常に効果的なのが「SWOT分析」です。SWOTとは、Strength(強み)、Weakness(弱み)、Opportunity(機会)、Threat(脅威)の頭文字を取ったフレームワークで、この4要素の洗い出しを通じて、自社の内部環境と外部環境を多角的に分析する手法です。
人材育成の観点から見ると、自社の「強み」は、例えば「経験豊富なベテラン社員が多い」「独自の研修制度がある」などが挙げられます。一方で「弱み」は、「若手社員の育成が追いついていない」「〇〇プロジェクトに注力したいのに、適合するスキルを持った人材が不足している」といった課題になるでしょう。「機会」としては、「市場での新しい技術の登場」「国の政策による助成金制度」などが考えられます。そして「脅威」は、「競合他社による優秀な人材の引き抜き」「業界全体の変化による必要なスキルの変化」などが挙げられます。これらの要素を洗い出し、組み合わせることで、自社にとって最適な人材育成の方向性を戦略的に導き出すことができるのです。
70:20:10の法則
「70:20:10の法則」は、人材の成長に効果的な学習経験の割合を示すフレームワークで、人材育成の計画を立てる際に非常に参考になります。この法則が提唱するのは、従業員のスキルや能力の向上において、70%は「経験からの学習」、20%は「他者からの学習」、そして10%は「公式な学習」によってもたらされるという考え方です。
具体的には、70%の「経験からの学習」は業務を通して実践的なスキルを身につけることを指し、特定領域のプロジェクト経験や現場経験などがこれにあたるでしょう。20%の「他者からの学習」は、上司や先輩からのフィードバックや同僚との関わりなどを通じて学ぶことを意味します。そして10%の「公式な学習」は、研修やセミナーなどによる座学が該当します。
この法則を人材育成プログラムに活用することで、実践・コミュニケーション・座学のバランスが取れた効果的な育成計画を構築できるでしょう。
人材育成戦略を成功に導くポイント
人材育成戦略を絵に描いた餅で終わらせず、組織全体の成長に繋げるためには、いくつかの重要なポイントがあります。これらのポイントを意識し、戦略に組み込むことで、より効果的で持続可能な人材育成を実現できるでしょう。
経営戦略と連動させる
人材育成戦略を成功させる上で、最も重要なポイントの1つが「経営戦略との連動性」です。企業の経営戦略が、「どのような市場で、どのような価値を提供し、どのように成長していくか」という方向性を示すものであるならば、人材育成戦略は、「その経営戦略を実現するために、どのような人材が必要で、どのように育成していくのか」を具体的に定める計画であるべきです。よって、経営陣が人材育成の重要性を深く理解し、人事部門と密に連携しながら戦略的な方針を決定することが不可欠です。これにより従業員も企業のビジョンを理解し、自身の成長が組織の成長に直結しているという意識を持つことができるでしょう。
従業員に主体的に参画させる
人材育成戦略を効果的に進めるためには、「従業員に主体的に参画させること」が欠かせません。
受動的な研修や学習だけでは、本当の意味でのスキルや能力の向上には繋がりません。従業員自身が「自分はどのように成長したいのか」「企業にどう貢献したいのか」というキャリアプランを考え、自ら学習や経験の機会を求めるような環境を整えることが重要です。
例えば、目標設定の際に社員自身の意見を積極的に取り入れたり、個人のキャリアや興味に応じて選択できる研修プログラムや講座を提供すること等が考えられます。また、上司との1on1ミーティングを定期的に実施し、キャリアに関する相談やフィードバックの機会を設けることも効果的でしょう。
従業員が自身の成長に対して責任とやる気を持つことで、学習効果は格段に向上します。企業は従業員のモチベーションを引き出し、自律的かつ意欲的に学習する意識を育むような、支援体制や環境を構築する必要があるでしょう。
DX化を進めITツールなどを活用する
AIやIoTといった技術の進化によりビジネスのあり方が大きく変化しているDX時代において、人材育成戦略もまた大きな変革を迫られています。
これからの時代に必要なスキルは、従来の専門性に加えて、データドリブン能力やデジタルツールの活用能力といった能力が新たに重要になります。業務の自動化や社内システム・ツール導入により、ITやDXを専門とする会社でなかったとしても、現在のビジネス環境において新しいIT技術に適応せずに業務を行うことはほぼ不可能になってきています。もちろん全社的にITに関するリテラシーを高めていく必要がありますが、特に既存の従業員やアナログ時代を駆け抜けてきたベテラン社員に対してこそリスキリングやアップスキリングの機会を積極的に提供し、DXに対応できる人材へと育成していく必要があるでしょう。
また技術の進化は非常に早いため、一度学んだら終わりではなく常に新しい知識やスキルを学び続ける「生涯学習」の意識を社内全体で醸成することも求められています。変化に柔軟に対応し未来を切り開くことができる人材を育成するために、現代の企業は常にビジョンや戦略を見直し最適化していく必要があるのです。
戦略的な人材育成について解説しました
戦略的な人材育成は、企業の持続的な成長と競争力強化を人材基盤として支えるための極めて重要な取り組みであると解説してきました。本記事で解説した内容を活用することで、経営目標の達成に直結する効果的な人材育成戦略を構築できるでしょう。
重要なのは、経営戦略との連動を常に意識し、継続的な改善や最適化を行いながら、組織全体で人材育成に取り組むことです。変化の激しい現代において、戦略的人材育成は企業の未来を左右する重要な投資であるということを再確認いただければ幸いです。
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