成長とキャリアに人事が責任を持つ組織へ│株式会社人的資産研究所 代表 進藤竜也氏が語るデータドリブン人事の行先

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成長とキャリアに人事が責任を持つ組織へ│株式会社人的資産研究所 代表 進藤竜也氏が語るデータドリブン人事の行先

谷本:本日はよろしくお願いします。早速ですが、進藤さんの業務内容についてお聞きしてもよろしいでしょうか?

進藤:私は、セプテーニグループの人事の中にあった人的資産研究所というチームにおりました。社内の人事データを一元管理して、HRの新しい武器にするための研究開発を行う専門の組織です。その後グループ会社の1つとして法人化し、セプテーニグループ以外の企業様のサポートもできる体制に変わりました。

それが今年の1月に設立したセプテーニ・ホールディングスの100%子会社の「株式会社人的資産研究所(https://www.hc-lab.tech/)」です。もともと私がチームの責任者をやっていたのでそのまま代表になりました。セプテーニグループの人事のサポートも引き続きやっていますが、その他の会社様に対しても、人事データを使ったご支援をしております。

また、セプテーニ・ホールディングスと共同でデジタルHRプロジェクトというサイト(https://www.septeni-holdings.co.jp/dhrp/)を運営しており、そこではセプテーニグループがCSRの文脈で行っているHRテクノロジーを活用した取り組みを公開しています。

谷本:大学を卒業されて2011年に入社されたかと思いますが、HR一筋でやっているのですか。

進藤:2011年から10年近く人事の担当です。最初の配属先で新卒採用業務からスタートして、5~6年続けていました。現グループ代表の佐藤のアイディアから、データを使って人材育成を科学するプロジェクトが発足しており、入社2年目のタイミングからそちらも兼務しておりました。それから5~6年後にそのプロジェクトの専任になり今に至ります。

人材育成の方程式:G=P×E(T+W)

谷本:御社の人材育成方程式のようなものを掲げられていますよね。

進藤:G=P×E(T+W)と言っています。

※G=Growth(成長) / P=Personality(個性) / E=Environment(環境) / T=Team(組織) / W=Work(仕事)

谷本:この方程式もそのデジタルHRプロジェクトの中で考案されたのですか。

進藤:これは私が入ったときにそのプロジェクトを牽引していた人事担当役員の上野が作りました。「人は環境の影響を受けて育つ」ということを示しており、その関係性を解析することで、個々にあった環境を提供し、人材育成の効率を高めようという考え方をコンセプトにしたのがこの方程式です。

谷本:御社がこの方程式を掲げてきた理由は何でしょうか。

進藤:2点あります。

1点目が、人は環境の影響を受けてパフォーマンスが大きく変わるということを経験してきた点です。

例えば、営業部門で一般的な活躍をされていた方が全然違うポジション、例えばクリエイティブのチームに異動になって、大きな飛躍をするというケースがありました。この様な幾つもの事例から、環境という因子を含めて、人事を考えていくことが重要だという経験則が背景としてあります。

2点目が、会社として育成を重視してきた点です。当社のビジネスであるインターネットの事業は、創業当時は経験者が世の中にほとんどいない状況でした。業界経験者が人材マーケットにいない中、会社をどう大きくしていくかという観点で、新しく入った人をいち早く戦力にすることが、会社の業績に直結するような状況だったのです。そのため、「成長」をゴールに据えた方程式になっています。

谷本:G=P×E(T+W)を実際に今も実践されているんですね。

進藤:もう10年くらいやっていますね。

人材育成の方程式で個人と組織の相性を定量化する

谷本:こちらの方程式がどういうようなものか説明していただいてもいいでしょうか?

進藤:P(個性)に1人の人材のデータが入るようなイメージで、こういった特性、強みを持っている人はどういった環境を提供するとどれくらい成長するのかというのを全て定量的なデータで可視化していこうというのが大まかなコンセプトです。

E(環境)の中身は人間関係を表すT(チーム)と対峙する仕事を表すW(ワーク)の2つで構成されています。どんな人がどんな上司や同僚と、どんな仕事をしてるときにどれくらい上手くいったのかが全部データになっていれば、より良い採用、配置、育成を導いていくことができます。

谷本:このアルファベットに数字が当てはまるイメージなのでしょうか。

進藤:基本的には、情報から読み取った数字が入ります。右辺では個性の因子のようなパラメーターがあり、それぞれがスコアになっています。環境の方も人間関係を表すようなデータがいくつかあったり、仕事がAなのかBなのかCなのかといったデータもあります。左辺の成長の度合いも数値化しています。

谷本:個性というところで言うと、例えば1人で黙々と作業するのが好きみたいな人は「3」とかになるのですか。

進藤:良し悪しの点数というよりは、どの分野が得意なのか、その人の特徴を示すデータの方が多いです。点数が高いから良いというわけではなく、その特徴があるという理解です。実際にその特徴が良いかどうかは環境によりますね。

黙々と作業することが好きな人に合うチームや仕事があったり、逆に合わないものもあります。どれくらいその人がうまくいっているかという別の情報からフィードバックを受けて、その特徴の良し悪しを判断していく感じですね。

谷本:E(T+W)の部分が高い組織というのは、エンゲージメントが高い状態とは違いますか?

進藤:エンゲージメントというよりは、相性という観点で評価しているので、その人にとって合う環境かどうかが重要だと考えています。例えば、フラットかつオープンな組織や環境では、クリエイティブな能力を発揮してぐんぐん伸びる人もいれば、やることが明確でコツコツ積み上げた方が着実に成長する方もいます。その人にとって良い環境かどうかが重要であり、そこを意識して今の設計をしています。

谷本:深掘りしてお聞きします。部署によって、環境・チーム・仕事が変わってくると思うんですけれども、差を分ける要因は何なのでしょうか?

進藤:同じ会社でも全然環境が違いますよね。当社のグループの中でも、コーポレート部門であれば、冷静なカルチャーですし、新規領域を担う組織は行動的なカルチャーです。E(環境)は方程式の通りの解釈ですがそこで働く人(T)と仕事(W)に影響を受け、職場の雰囲気ができてくると考えています。

谷本:仮に、ある方が既存の組織のどこにもマッチしないことってありうるんですか?

進藤:可能性としてはあり得ると思います。なので、採用時点から当社できちんと育てられるかどうかの意識はしていますね。

谷本:採用されるときに、G=P×E(T+W)の方程式を活用して、この人は採用してよさそうだなとか、ここに配置した方がいいとかも分かるのでしょうか。

進藤:予測することは可能です。例えば、1年目からマネージャーになるまでの成長過程を20年分の成長ログデータからシミュレーションしています。

客観性の高い定量データをいかに取得するか

谷本:相性やチーム状態を図るのに、現場の方のご意見も参考にされるんですか。

進藤:参考にしますね。やはり育成データは現場にありますので。具体的な取り組みとしては2点あります。

1点目が、どんな人がどんな環境で働いている、働いてきたかという情報を把握することですね。基本的には、人事情報と組織の一人ひとりのパーソナリティのデータを取得しています。

入社のタイミングでデータを取得し、基本的にそれをずっと使っています。どんな上司で、どういうチーム構成なのかを個々のパーソナリティのデータを使って変数化しています。

2点目が、ピアレビューという個々の貢献度を可視化する取り組みです。20年以上続いているのですが、全社員だと半年に1回、新入社員は3ヶ月に1回やっています。その結果は、3.52といったレビューサイトの様なレンジで算出され、この数値は、その方の職場における貢献度の指標として捉えています。ちなみに、現在特許も出願していますがAIで回答のバイアスなどを補正する技術も用いながらより客観性の高いデータの取得もできるようになりました。

貢献度を数値化する事で、どの部門でどのような人たちが貢献しているのか、どのような強みを持っている人が活躍するのかが定量的に傾向としてわかってきます。すると、どの職場でどういう人が必要とされているかといった「潜在ニーズ」がだんだんわかってくるんですよね。なので、それに合わせて採用、配置、育成を行えば自ずと効率的になってきます。

360度フィードバックで組織の「内省力」を高める

谷本:単純に例えば営業チームの話で言うと、売上が高いと貢献度は高まるかもしれないですけど、それだけが全てじゃないみたいなことですか。

進藤:もちろん売上とも相関関係はありますが、必ずしもトップセールスがこの指標でもトップという訳ではありません。目に見えないところで業績に貢献する方もいます。例えば、人事といったコーポレート部門など、普段業績とは直接紐づかない職場の人材であっても貢献度が出てくるので、全社員の成長を可視化できるのが特徴です。

谷本:大体1人対してどの程度のフィードバック が集まるのでしょうか?

進藤:1人あたり15〜20名の一緒に働くメンバーからのレビューが集まります。また、最近は1~2問のレベルまで質問数を下げる試みをしています。当社は極限まで質問を絞り込むことで、その分より多くの方々から多様な意見を集めるような形を意識しています。

レビュー結果のフィードバックを通じて内省機会を提供し、また半年後に自身の成長を振り返るというサイクルを全社員で繰り返し、自立的に個々が育つ状態を目指しています。

谷本:1人に対して15から20人ってすごいですね。

進藤:当社の働き方は、他部署が絡むプロジェクト型の仕事が多いこともたくさんのレビューが集まる要因だと思いますし、逆にプロジェクト型のような組織構造が不明確な状態でもきちんと個々の貢献度が把握できるという特徴もあります。

谷本:フィードバックを取り入れている会社さんにお話をお聞きすると、辛辣な意見で本人がダメージを受けて落ち込んでしまい、そのケアをマネージャーがするのが大変だという例が話題に出てくるのですが、そのあたりはいかがですか。

進藤: もちろん、フィードバックを受けて一時的に落ち込む事もあるかもしれません。ですが、弊社において、「思い返してみると率直な意見もあってよかった」という意見が出てくるのは、マネージャーが責任持って、メンバー育てようと動いているからだと思います。私自身の経験としても、良い面も悪い面も含めて率直なフィードバックがあり、その後マネージャーが積極的に成長機会を作ってくれたことにはとても感謝しています。

人事が従業員の「キャリア」と「成長」に責任を持つ取り組み

谷本:最近グループで力を入れられている取り組みはありますか?

進藤:まず、テレワーク下で人材を育てるのは難易度が高いと思うんですね。なので社員の状態や、どういうところに課題があって、どうしたら成長するのかというのをデータの方で把握・分析し、育成のフォローをする体制を作り始めている人事のプロジェクトチームがあります。

それによって、離れていてもデータでフォローできるので、今まで同等もしくはそれ以上に育てられる状態を作ろうという試みです。難易度は高く、挑戦過程の取り組みではありますが、日本HRチャレンジ大賞でイノベーション賞をいただいたことにはとても勇気付けられたと聞いています。

現場のマネージャーは、これまで通り、仕事を教える、業績を管理するという取り組みを行っています。ただ、今まではマネージャーが部下のキャリアの面倒を見る事も同時にやっていましたが、非対面であることでそのハードルが以前より上がっています。

なので、先ほどのプロジェクトチームが現場メンバーの育成に伴走するような運用を試みています。個々に育成担当を付け、蓄積されているデータを使ってこの人を育てる最適なアプローチを考えるという運用を目指しています。

具体的には、伴走するスタッフが定期的に面談をして、今はこういう状態だからこういうトレーニングをしていきましょうといったコミュニケーションをとる状態を作っています。

要はデータを使って個別の教育をちゃんとやるということです。

谷本:その人事の方が現場の方に直接コミュニケーションされるイメージですか?

進藤:そうですね。キャリアや、人生設計もデータを踏まえて人事が支援していけるところを目指しています。国家資格のキャリアコンサルタントの資格や、ファイナンシャルプランナーの資格を持っている者がこのチームを先導しており、新たな体制の確立に向けて絶え間ない努力をしてくれています。

谷本:なるほど。人事の方の中でも資格を持たれてる方が中心となり、一人ひとり皆さんに向き合われるイメージなんですかね。

進藤:イメージ的にはそうですね。今後はプロジェクトチームを拡大して、そのチームが全社員を育てるミッションを持つ日も近いと思います。また、1つポイントなのがこのプロジェクトチームは採用担当でもあるということです。通常、採用した人は、その後現場にパスして終わりのケースがあると思いますが、そうではなく、入社後も育成担当として継続して成長に伴走する流れを作ろうとしています。採用したからにはちゃんと育てようね、というのは一見当たり前のことですが、構造上難しさもあります。今後はそれを採用担当が責任を持ってコミットする形を目指していくと聞いており、実現すれば入社される方にとって、とても安心できる環境になると感じています。

個々のキャリアに貢献できるかが人事の新たな価値に

谷本:1on1でマネージャーにはメンバーのキャリアにまで踏み込んで欲しいと考えている人事の方が多いという印象なのですが、この辺りはいかがでしょうか?

進藤:人事がメンバーのキャリアを考えようとしても、ずっと近くで見ているマネージャーには及ばないと思いますので、現場マネージャーにお願いする形は自然な流れだと思います。しかし当社の場合、膨大な社員の成長ログや個々の豊富なパーソナリティ情報が人事にあります。それを駆使することで人事がきちんとキャリアを支援できるという事がこの取り組みのポイントだと思います。それがないとただのよそ者になってしまいますので。

谷本:勉強になりました。ありがとうございます。進藤さんが、自分が作りたいなと思う理想の組織ってどういうものになりますか?

進藤:引き続き冒頭の人材育成方程式そのものではありますが、個々に合った環境を提供し、個々をきちんと育てられる組織です。先ほどの話で、マネージャーがキャリアの相談に乗るという話もありましたが、マネージャーとその人が全く異なるバックグラウンドであるケースって少なくないですよね。つまり、たまたま自分にとって恵まれた上司がいたから良かったというケースがある一方で、その逆も然りということです。

少子化が進んでいるので、特に若い人材をきちっと一人ひとり育てることができる組織は社会的価値があると考えています。当社がいる業界も、人材が豊富な業界ではないので、そういう意味でも採用した人を個々に合った施策を通じて、再現性高く育成できる会社になりたいし、そういう会社を増やしていく事が社会を良くしていく事に繋がっていくと考えています。

谷本:最後になりますが、未来のHRを担う方はどういう人であって欲しいと思われますか。

進藤:私自身、HRの未来を語れるような立場ではないので、あくまでも当社の目指している姿という観点とはなりますが、人事の役割は自社の人的資本価値を高めていく事だと考えています。そしてそれは究極のところ、個人をきちんと育てることの積み上げだと思うので、50人・100人と数で社員を見るのではなく、一人ひとりを丁寧に見る人事が増えると良いのではないでしょうか。そして、その個々の解像度を上げるための手段として“データ”は非常に有効だと思いますね。

谷本:なるほど。

進藤:まだまだコンセプトドリブンなところもありますが、共感いただけるような企業様がいらっしゃったら、セプテーニグループが作ってきた仕組みを使っていただいて、その結果個々が活きる、育つ会社や組織が増えれば嬉しいなと思います。事業もそのためにスタートしていますので。

最後に少し宣伝となりますが、これまでのような取り組みを行うためのクラウドサービスや共同研究プロジェクトを複数用意しております。何ができるの?というところからでも結構ですので、ぜひお気軽にお問い合わせください。一緒に新しい人事のカタチを考えていきましょう。(問い合わせ先:https://www.hc-lab.tech/contact/

谷本:勉強になりました。面白いコンテンツになりそうです。ありがとうございました。